印度人が来た01

この感染者数拡大の中、細心の注意はもちろん払いつつ細々と姫路城の案内を続けています。東京からのお客さんは「どちらから?」という質問には答えにくそうです。田舎者は都からの貴種などとして丁重に対応してしまいます。田舎者から自発的に出るこの浅ましい気持ちが田舎者としての自尊心を掻き立て、好きです(なんのこっちゃ)。

印度人の彼氏と日本人女性のカップル。若くてふたりとも聡明そうで、未来を託したくなるような彼らです。私の英語には分かりにくい言い回しがおそらくたくさんあり、それらは理解不能でスルーされるか、よく考えてもらって言い直されるかされます。彼は後者で、しかも考えているときのコンピュータの回転が速い。こっちが印度人=数学、パソコン強いという先入観で見ているからかもしれませんが。

建物内に18世紀頃の姫路の城下町の模型があり、観光客の興味を引いていますが、よく見るとひとつひとつの家の庭が広く、昔はそれぞれの家で畑をしていたなどと解釈したりするお客さんもいます。「ちょっと待った、これはそこまで忠実に再現した模型ではない、そして城下町の家の庭が広いのはいざ籠城の時に兵を隠したり家そのものを守備に使うためではないか」ということをとっさにうまく英語で言うのはなかなかなのですが、彼は話の途中で「make sense」とし、嬉しそうにガイドがいて良かったと言ってくれるわけです。豈、愉しからずや。

また姫路城の天守群が城の縄張りの真ん中より西にずれていることを指摘、これでは戦争で弱いではないかと言いたげです。これに対しては、町の西は自然の川を利用し、天守群は川沿いにあった丘に建てた、残りの堀は人工だと言いましたが、これも私の英語はヘロヘロでしたが彼は納得。よくこんな説明で理解できるなと褒め返しておきました。

堀を示す「moat」は城郭用語で英語話者でも知らない人がある単語です。これを語源辞典で調べると、まずmound「丘、塚」が出てきます。またditch、dike「溝、要塞」が関連語としてあります。要するに土を掘って土塀にした(上に上げた)のがこれらで、掘られたものがmoatと考えてよさそう。しかしながらditchには「塹壕」の意味もあり、やはり専門用語感が漂います。

中世イングランドの城の起源として「Motte-and-Bailey」というタイプの砦のような城があります。日本でも鎌倉室町辺りでありそうな。それが発展して近世城郭になったという説明を試みたこともありますが、ここまでくるとイングランド人もよく分かってないというか興味ないような反応です。はまる人にははまるのでしょうが。

今年はコロナのため天守内にはスリッパが用意されていません。インド人の彼はこれにはすっかり参ったようで、インド人の寒さ耐性の無さをしきりに語っていました。私はスリッパがないことを知っていますが、お客さんの前で自分だけ履くのはどうかという先輩ガイドの言葉通り、靴下で我慢しています。ただしスキー用です。

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