書評08「モモ」ミヒャエル·エンデ作

ファンタジーのファも触れていない私がこの本について書評なぞ大逸れてしまってへそで茶を沸かすほどですが、近頃よく耳にするので、ネタのストックも絶えてきていることですし、少し。

どこからきたのか分からない少女モモが、周囲の子供と遊びを考え、大人の話を聞くうちに、本来そうあるべきだった豊かな時間を過ごすことを思い出させる。それは敵である「時間どろぼう」たちの活動に反するもので、モモは彼らに狙われる。彼らの活動は人々から時間を奪うことで、やがてモモ以外の人間は全て、効率という名のもと、死んだような時間を過ごすことに。時間の国に行き、敵をやっつける手段を知ったモモは、みんなの時間を元通りにすべくひとりで大勢の敵に立ち向かう。

みたいなあらすじです。数年前モモの読書会に参加したことがあり、その時の記憶のみで書いています。読後はいい大人たちが時間についてあれこれ考えて意見を言い合いました。私もいかに自分の過ごす時間に死んだ部分が多いかその時に考えました。また「致死的退屈症」「時震」など、オリジナルの言葉とこの翻訳に衝撃を受けたのを覚えています。

最近何気なく「35歳の少女」なるドラマを見ていたら、モモのストーリーがベースになっているようでした。主人公は子供の記憶のまま35歳になったという、時間や記憶、子供のピュアさvs汚い大人社会という構図が第一話からちょっと見えすぎなくらいで、さてこの世界的名作をどう使っていくか、ちょっと興味を持ちました。

全然書評ではないですが今回はこれでご勘弁を。

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