書評03「日本語の歴史」山口仲美著

図書館で適当に目の付いたのを借りただけだったが非常に分かりやすく面白かった。読書も歴が長くなると手に取るべき本が分かるというが今回はただの偶然。

前回の書評の通り私の興味範囲は古代なので、万葉仮名辺りまでだが、古代、平安、鎌倉室町、江戸、明治と時代によって日本語がどう変わっていくかを順に述べてあり、どの区分も面白かった。特に平安の、かな文字が出来る辺りの当時の人の苦労は知るべきで、これにより現代人は当時の日本語がどのように発音されていたかとか、漢字だけで文学ができない理由とか、色々想いを巡らすことができる。高校生の古文の勉強に向けての心構えとして読んでおくのもいいと思った。

最も印象的だったのは明治。言文一致運動がこの頃どの国でも起こるが、それがなんこっちゃは分かっていなかった。確かに全国津々浦々の方言を共通語に統一し、書き言葉も統一するのが難しいのは説明されて分かる。それにしても偉かったのが二葉亭四迷だったとは。浮雲なんて面白くも何ともないとスルーだったが、浮雲を読む視点はこれにて身に付いた(いつ読むかはいざ知らず)。森鴎外は今の書き言葉の敵であったのです(だからこそ文章の優麗さが分かるのです)。こんなことを例をもって説明してます。

もう一個挙げるならば、現代日本語の動詞の終止形について。「する」は現代は終止連体ともに「する」であるが、古典文法では終止形「す」、連体形「する」である。係り結びの法則は当時の話し言葉だったようで、「我す(←終止形)」に対し「我なむする(←連体形)」で強調や余韻残しをしてたところ、言葉が乱れ鎌倉時代にはこの言い回しが形だけになり、「なむ」が消え「我する」、格助詞が発達し「我がする」、このように連体形が終止形を兼ねたのが今の文法。感動で周囲何人かに話してみたが賛同は得られず。

高校生読書会で使おっかなという内容である。

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