今日の授業24(6月23日)

今日は昨日の中3で使用した河合隼雄著「こころの処方箋」を中2でもやりました。昨日の中3ではちょうどよく背伸びしたくらいの難易度だったのが、中2ではつま先立ちくらいになっていました。一年の差は大きいです。しかし分量の適当さと、内容の深さに、中2、中3とも要約は上手にできていたと思います。

面白かったのは「理解のある親」という章で、子供はまず「親の壁」にぶつかって自分とはこんなもんかということを知る、理解のある親は壁にならないから、行き場のない子供が非行に走ったりする、だから子供なんか理解できないと思った方がいい、という親側の相談を子供が読んでいること。理屈としては、「では私は今から親にガンガンぶつかって成長していかなければならないのだ」と読めるのですが、まあうちの生徒は良い子なので、そのような解釈をしないでしょうが。

解釈といえば、今日は私、熱くなって中2生に成績の向上について40分ほど使って話し、考えてもらいました。いろんなことを言ったので彼らの中でどう帰結してるのか分かりませんが、中2という分岐点を通る彼らは、年齢的に自分の意志で考えて行動できるからそのようにしなさい、みたいなことが言いたかったのです。様々な本で挙げられる「14才」。私は中二病が起こる原因を、考える能力が芽生えたのに考える環境がないことに因ると考えます。

それで私が言ったのは、考える環境がなくても自分で考えることだってできるし、先生が授業でやらせてることを真似して家庭学習の質の向上は図れる、あんたらは向上したくないのか?いや、それはしたい。だったらとっとと考えよ!振り返るとこういうことだったと思います。

何回言っても同じ間違い、同じ要領の悪さをする生徒がいますが、人間は本能的に考えるのがキライなのではないかと思います。鳥も元々飛ぶのキライなのかも(あの雛が巣立ちしぶるやつ)。でも人間らしく、鳥らしくあるには考えなければなりません。この1点に集中して教育方針にしてもいいほどですね。しよ。

というわけで話がそれていきましたが、私、最近この辺りのことで悩んでいるのかもしれません。

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