チョ・セヒ著、斎藤真理子訳「こびとが打ち上げた小さなボール」

 

おどろおどろしいがカッコいい表紙のイラスト。訳者の斎藤氏が満を持して2016年に日本に導入した隣の国の国民文学である。

身体障害者「こびと」を家長とする一家が、社会的に生活を脅かされていく中で、体制に小さな反旗を翻すという話。明治以降の日本史に頻発する社会権や労働争議というキーワードがなぜ重要語彙なのかが身をえぐられるくらいに分かる。スタートから2/3までは一家の追い詰められざまが辛い。朝御飯中に家の壁を壊されるなど。後半は「こびと」の長男が状況の打開を図るため運動を起こす。彼の礼儀正しく綿密な抵抗に、気持ちが労働階級の一員となった読者も切実なエールを送ることになる。悪の資本家+政府vs正義の労働者の様相を呈するクライマックスとまさかの結末。心ある読者は必ずや社会の歪みを解消せねばと思う。こびとは読み手にもボールを打ち上げていたのだ。

とはいえ、私がこの本を薦めたい最大の理由は小説としての構成が面白いことだ。各章の主人公が異なって、読み進めるうちに誰と誰が繋がっていてそのうち全体が見えてくるRPGのような物語。第一章の表題「メビウスの帯」とは細長く切った紙を一度ねじってその両端を糊付けすると表と裏が分からない、というものであるが、これが様々なことを暗示しつつ、ラストでうまく回収していることに感心すること必至である。

外国文学が難しいと感じる理由に登場人物の名前がある。ロシア文学では名前の長さは大いなる壁であるが、韓国では短いけれどもみんなよく似ていて人物を取り違えるというトラップがある。こんなときは是非メモを取りながら読み進めたい。私もめったにそこまでしないのであるが、やれば一目瞭然であるし、より深読みができることは間違いない。

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