川上未映子「へヴン」(講談社文庫)


東京書籍の「新しい国語中3」の読書案内で紹介されているこの作品、教科書では、「弱いことにも、強いことにも、意味がある」と一言。スペースの問題もあろうが、それだけで中学生が手に取るとは冷静に考えて思えないので私の出番。周囲の大人(それより本好きの同級生)からの感想、推薦こそ、本が次に学生たちの手に取られる橋渡しになるのであろう。読書の伝道師たちよ、共に頑張らねば!!

14歳で、苛め(いじめ)に遭っている男子中学生が主人公。理由が自分の斜視のせいであると思い込んでいる。冒頭、机の裏に貼られた〈私たちは仲間です〉というメモ書きを主人公が見つけることでスタート。その後も「昨日何していたか?」「行ってみたい国はどこか?」など、苛めの日々に慰みを与えるような、あるいはさらなる悪いことへの手招きなのか、メモが習慣になっていく。

やがて、メモの貼り主がクラスメイトでこれまた苛めに遭っている女子生徒「コジマ」と判明、二人は密会を繰り返すことになる。苛められ同士が親しくしているのが発覚すれば、加害者の悪意に拍車がかかるのを恐れて。「コジマ」は苛めの原因を貧困と親の再婚とみなす。そして、「我々が苛めに耐え抜いた時に「へヴン」が待っている」と言うのだ。しかし本の表紙の「ヘヴン」には暗雲が立ちこめているから何やら複雑だ。

二人がお互いを癒し合い、恋愛に発展していっても十分ハッピーエンドになろうが、この作品は全くそうではない。どうも著者が同性である「コジマ」をよろしく描写しないのが気になるのだ(うら若きJCに「コジマ」って)。苛めの被害者に対する筆というのは、感情のある者ならば優しくなりそうだが、著者は常識的感覚を犠牲にして、不幸な境遇の女子中学生に決して完璧に同情しないのである。それでこの作品、最後の最後まで暗い感情のまま。渦中の描写が細緻で、映像よりも心を痛ませる。

理由や言われのない逆境に立たされるのは偶然、それに理由をこじつけたり、忍耐力を高めたり、改善を試みたりせず、勇気を持って回避せよ、どうせ理由なんてなかったんだから。こんなことを著者は学生のみならず、社会人にも伝えようとしているのでは、と考えると思い当たるケースが身の回りにもあることに気付く。

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